女性の病気について

気分が沈む・イライラする

何事もおっくうになり物事が楽しめない「気分が沈む」、物事が思い通りにならずに神経が高ぶる「イライラ」は、どちらも誰しも経験するところです。何事かに触れて起きてくる気持ちを感情と呼ぶのに対して、気分はもう少し長く持続する気持ちのあり方を指します。気分はその人を取り巻く心理社会的な状況の影響を受けるとともに、健康状態や生体リズムなどからの強い働きかけがあります。

気分はおのずと変動する性質を持っていますが、意識的に調整しなくともある範囲内の振れ幅を維持しているのが通常です。問題になるのは気分が沈んだり、イライラしたりしている状態が切り替わらずに長く続く場合、変動の幅が通常よりもかなり大きい場合です。「気分が沈む」と「イライラ」は一見相反するような気分に見えますが、実際はイライラの背景に気分の落ち込みが存在したり、互いの頻繁な移行が見られたりすることが多いです。

「気分が沈む」、「イライラ」のいずれか、あるいは両方の気分が長く続いて生活の妨げになるレベルであれば、①気分の落ち込みやイライラの出現には周期性があるか、②物忘れ、注意集中の低下など、他の精神的な変化はないか、③今まで見られなかった身体の症状はないか、これら3つの観点から確認してみることをお勧めします(表1)。ただし、いずれの場合でも、寝つきが悪い、夜中度々起きる、朝早く起きてしまいその後眠れない、といった不眠症状や、食欲不振などが強く体重減少が進行している場合、自分を責める思考が高じて自殺などの考えが度々浮かぶというような場合は、専門機関への早目の受診を検討します。

①気分の変化が周期的に現れる場合

落ち込みは自然に治るがまたしばらくすると落ち込むというケースです。女性の場合、月経周期と関連して月単位で気分の変動が生じる月経前不快気分障害が挙げられます。特に月経開始前の数日に気分の落ち込みやイライラ、強い眠気が出現します。症状が強く、社会生活に支障をきたす場合は治療の対象となります。薬物療法については漢方薬、抗うつ薬等の効果が報告されていますが、ホルモン療法を考慮する場合もあります。冬期を中心として気分の落ち込み、気力の低下、過眠をはじめとした睡眠の変化、過食をはじめとした食欲の変化が見られる季節性感情障害(冬季うつ病)も女性の割合が多いと報告されています。高照度光療法など、薬物療法と異なるアプローチも効果が認められています。

数年単位での周期性がみられる場合もあります。過去を振り返って、理由が必ずしも明確でない気分の落ち込んだ時期やイライラが強かった時期があり、自然に治ったという経過がある場合、気分の落ち込み・イライラとは逆に、気分が高揚し、活動性が過剰に高まった時期があるということであれば、反復性のうつ病、双極性障害などを含む気分障害(躁うつ病)の可能性も検討されます。既に専門機関に受診している場合でも、この経過について主治医にしっかり伝えておくことが必要です。

②集中力の低下、物忘れなど気分以外の精神的変化を伴う場合

気分の落ち込みやイライラが強まると物事の考え方にも変化が生じます。一生懸命考えているのになかなか決断ができない、自分を責める思考に傾く等の傾向が明らかとなってきます。このような変化は自分では気づかず、周囲の方が先に気づく場合が少なくないです。これらは気分障害が重症化すると目立つようになります。また、中高年層の方で、気分の落ち込みやイライラとともに物忘れが目立つようになってきている場合があります。更年期障害などでも物忘れが強く感じられる場合があります。多くは主観的なレベルにとどまりますが、周囲にも気づかれるような記憶力の低下がみられる場合は、認知症の前駆状態、ないし初期の可能性を視野に入れていく必要があります。

③今まで見られなかった何らかの身体的変化がある場合

このようなケースでは、身体の病気が背景にあり、そこから生じてくる落ち込みやイライラである可能性を検討する必要があります。気分が沈むとともに、疲れやすい、寒がりになる、むくむ、体重が減る、手足がこわばるといった変化が見られる場合、甲状腺機能低下症やクッシング症候群などを含む内分泌疾患、自己免疫疾患、悪性腫瘍、パーキンソン病をはじめとした神経変性疾患、脳血管障害の有無について確認が必要になる場合があります。閉経前後の女性であればいわゆる更年期障害も検討されます。イライラとともに、汗をかく、動悸がする、足がムズムズするなどといった体の変化が生じている場合には、甲状腺機能亢進症などの内分泌疾患、レストレスレッグス症候群なども検討します。鉄分やビタミンなどの栄養素の不足によって持続性のイライラが生じる場合もあります。服用している薬が関係する場合もあり、ステロイド、降圧薬、化学療法薬、ホルモン剤、精神安定剤の一部は気分の落ち込みやイライラに関連する場合があります。この場合は背景となっている身体疾患の治療や原因薬剤の中止変更によって気分の改善が期待できます。身体症状が更年期障害の一部と考えられる場合、女性ホルモンの補充療法という選択肢も出てきます。

上記のような気分の周期性がなく、他の精神的変化や身体症状も目立たない場合は、本人が感じている「ままならなさ」について、今おかれている環境、対人関係における葛藤状況、自己評価の低さ・アイデンティティの不確実さといった性格傾向の観点から吟味する必要が出てきます。長く続く落ち込みやイライラと明らかに結びつく問題を見出すことが出来れば、対処法を検討します。ただ、「何かがままならない」の「何か」がそのときの対人関係や外部の事態に関係する場合は把握しやすいのですが、「何か」が自身の中にある場合、例えば自分の理想と現実がうまく折り合わないといったことから、イライラが生じている場合は、すぐに気づくことができないこともあります。認知行動療法などの薬物療法以外のアプローチを積極的に検討し、気分の変動を生じやすい自身の思考の偏りを検討して修正する、リラクゼーション法を取り入れていくといった工夫をしていきます。

参考文献

  • (月経前不快気分障害・ホルモン療法)江川 美穂:PMS/PMDD.産科と婦人科.86:178-183、2019
  • (月経前不快気分障害・薬物療法全般)山田 和男:月経前不快気分障害.分子精神医学.19(3):122-127、2019
  • (更年期障害・治療全般)小川 真里子、高松 潔:更年期女性への心身医学的対応.医学のあゆみ.269(1):24-28、2019
  • (更年期障害・精神症状)寺内 公一:更年期の精神症状とエストロジェン.女性心身医学.19(3):243-250、2015
  • (女性の心身症状全般)女性心身医学会:最新女性心身医学.本庄 英雄(監修). 東京:ぱーそん書房;2015

表1

「気分が沈む・イライラ」チェックポイント
・下記のいずれの場合でも、不眠、食欲不振、自分を責める考えが高度な場合は、早めに専門機関の受診を
・①→②→③の順番で確認
ポイント 可能性のある疾患 女性に特有、ないし女性に多い病態
①月単位、年単位といった周期性があるか 気分障害(躁うつ病)など 月経前不快気分障害
季節性感情障害など
②物忘れや集中力低下など精神的な変化はないか 気分障害の重症化
初期認知症など
更年期障害など
③今までにみられなかった身体の症状はないか 内分泌疾患
自己免疫疾患
悪性腫瘍
中枢神経疾患
栄養障害
薬剤等に起因する気分障害
など
更年期障害など